Episode1〜結成秘話〜
織田龍紀(Vo.)、工藤健介(Dr.)、吉村瑠莉(Pf.)、ハーマン・チャン(Vn.)の
バックグラウンドの違うメンバーはどうやってバンドを結成したのか? 

──年齢も生まれた場所も音楽のバックグラウンドもバラバラ。そんなみなさんがwapitiを結成したきっかけは何だったんですか?

織田:それぞれがハーマンの友達という繋がりがあったんです。そこからセッションしようってなって。ハーマンがみんなを集めてくれて、土日にランチして、そのあとでセッションをしてましたね。公園に、シートとそれぞれの楽器と好きな食べ物を持ち寄って、ピクニックしながら演奏をするっていう。そこがきっかけです。

 

吉村:私も元々音楽はやっていたんですけど、大学を卒業してから離れていた時期があって、もう一回音楽やりたいなって思っているときにハーマンにセッションに誘ってもらったんです。セッションして音を合わせていくうちに、これ、合体したら面白そうだなって。

 

工藤:僕は自分のホームバンドがなくなって、他のバンドのサポートをしながらドラムの講師の仕事もやっていて。そのときの生徒がハーマン。そこから一緒にやろうということになりました。最初は本当にご飯会の延長みたいな感じだったので、ただ楽しんでやっていただけだったんです。

 


──バンドというよりか、チームのような印象ですね。

ハーマン:ざっくりいうとサークルみたいな。最初は月イチで集まれたらいいなという感じでしたね。でもどんどん面白くなってきて、やっぱり目標がほしいねって。

 

織田:じゃあ、自分たちだけの発表会をしようか、と。(工藤)健ちゃんはバンドをやっていましたが、他のメンバーは経験がなかったんです。最初の発表会は渋谷のLUSHでした。

 

ハーマン:セッションから発表会までの1年目が大成功。バンドが楽しくなって、2年目に突入しました。たぶんそこが一つの転換期ですね。就活していた(織田)たっちゃんがある日、「僕、内定を蹴って、音楽をやりたいです。どう思いますか?」って相談しにきてくれて(笑)。

 

織田:以前から音楽を仕事にしたいという思いがありました。上京して大学でアカペラサークルに入ったりして、自然と音楽の中に溶け込んでいったんです。そして就活のときに、「何がやりたいんだろう?何のために東京に来たんだろう?」って考えて。それで社会人の先輩、ハーマンに相談に行ったんです。

 

ハーマン:相談を受けてなんとなく、この子、何言っても聞かないんだろうなって感じていました。そこまでやりたいんだったらやりなさい、という感じでしたね。

 

織田:最初、ハーマンは止めてくれました。僕は止まらなかったけど(笑)。ハーマンはとても頭がいいんです。論理的な面と感情的な面を両方備えていて。勢いで音楽界に飛び込もうと思っている右も左も分からない僕の頭の中を整理してくれた。アーティストとして、リスナーにどういう価値を提供できるのかとか、音大生と同じ土俵立つことはできないのでそこをどう差別化するのかとか。社会人の洗礼をそこで受けましたね(笑)。

 

ハーマン:最初の1年間、wapitiを結成する前はたっちゃんが一人でやっていたんですよ。そのとき、僕はバックでサポートとか伴奏をやっていました。彼の最初のバンドを僕が集めたので、大きくなるまで応援しよう、と。

 

織田:ハーマンに早く俺らを卒業してって言われていたんですけど、逆に入学しちゃった(笑)。そしてwapitiになった。自然発生みたいな、バンドです。

 

工藤:たっちゃんがソロでオリジナル曲を書き始めたときに伴奏をしていて。だんだん熱が上がっていって、やるんだったらさすがにちゃんとやらないとな、と。バンド経験者は僕だけだったので、演奏は僕が引っ張っていこうと思いました。

 


──吉村さんもバンドの経験はないんですよね?

吉村:バンドをするのは初めてでギャップが激しかったですね。バンドはバンドで音を作っていく。クラシックは楽譜が元々あるのでやり方が全然違う。最初はコードを覚えるところから始めました。女性一人で最初は心細かったですけど、メンバーはみんなやさしいから、今は全くストレスがないです。

 


──通常のバンド編成とは違いますね。バンドマンをやられていた工藤さんの印象は?

工藤:ハーマンのヴァイオリンもそうですけど、(吉村)瑠莉ちゃんもクラシック出身です。そしてwapitiにはベースがいないので、いままで自分がやってきたバンドとのギャップを感じて、初めはやっぱり難しさを感じましたね。いままでの考え方や自分のプレイの仕方も違った角度から考えないといけないな、と。どう他のメンバーが引き立つか、常に考えながらやっていますね。

 


──さて、みなさんのバックグラウンド、ルーツになった音楽はどんな音楽なんでしょう?

織田:小学校の頃からよく見ていた『ハモネプリーグ』(フジテレビ系列)などで歌われていた「木綿のハンカチーフ」とか。その他にも、松田聖子さんの曲だったり、イルカさんの曲だったり。大人っぽい曲が多いなという印象でした。

そして、幼少期から家でいつも流れていたのはサザンオールスターズ!朝起きたらサザン、寝る前は桑田さんのラジオ『やさしい夜遊び』(TOKYO FM)、車に乗ったらサザンのCDを父が流していて……当時はそれしか音楽がないんじゃないかってくらい聴いていましたね。父の書斎には新聞や雑誌の桑田さんの記事とかの切り抜きがあったり、実家はラーメン屋なのですが、サザンのコーナーがあったりとか。小さいころから家族でサザンのライブにも行っていました。桑田さんの音楽、やっぱり自分にとってはとても大きい存在だと思っています。

 

吉村:今はJ-POPが好きで聴いていますが、4歳から大学を卒業するまでクラシックピアノをやっていたので、楽曲のアレンジとなるとクラシック寄りになってしまいますね。

 

ハーマン:ヴァイオリンを弾いているので、一応クラシックも聴いてはきたんですけど。育ちが香港なので、C-pop、広東ポップ。広東語で歌うもので、バンドサウンドはすごく少なくてバックには弦楽器、バラードがメイン。歌詞の力が全面に出ているんです。

 

工藤:僕は、ボン・ジョヴィです!ロックですね。学生時代はあんまり邦楽を聴いてなくて、洋楽ばかりでしたね。ファーストインプレッションはメロディがよいか、音がよいか。僕はあんまり歌詞を聴くタイプじゃなかったです。小さいころからドラムをやっていたんで、音のほうを聴きますね。

 


──楽器は何歳から始められたんですか?

工藤:僕の小学校には休み時間に音楽室を開放するという試みがあって。5年生のときに仲間内で音楽室に行ってドラムを叩くのが流行った時期がありました。僕はサッカー少年で楽器なんて触れたことがなかったから、ドラムを叩けない。そんな中で、お父さんがドラムをやっていて、すごくうまい子がいて。僕は性格が負けず嫌いなので、自分ができないとめちゃ悔しくて。その日、家に帰ってすぐ、親にドラムを習わせてって頼みました。月4回30分のレッスン。ドラムが楽しすぎて、中学校入ったときにサッカーは辞めちゃいましたね。高校生のころにバンドを組んだりして、そして今、ですね。

 

ハーマン:僕もヴァイオリンに出会った日のことは、めちゃくちゃ覚えています。小学校のとき、学校に行ったら「楽器を学びましょう」というチラシをもらって。周りにピアノを弾ける子がいてすごくかっこいいなって思ってたんですけど、自分は楽器をやってなくて。そのチラシの中にヴァイオリンがあったんです。そしてすごく具体的に、頭の中でヴァイオリンを弾いている自分の姿が想像できて、学校から帰ってすぐ親にヴァイオリンやりたいって言って。きっと諦めるだろうからやめようって言われたんですけど、「やる!」って決意が固かった。一番安い3万円くらいのヴァイオリンを買ってもらいました。意外と長く続いて、大学生までやってましたね。

 

吉村:母がピアノの先生をしていました。私は違う先生に習っていたんですけど(笑)。

そういう環境で育ったからか、大学は教育学部で音楽を学びました。

 

織田:僕は3歳でピアノを始めました。姉がやっていたのでその影響です。野球も並行して10年くらいやっていたので、ピアノはリラックスできる時間に弾く程度でした。でも結局、高校3年生まで習ってましたね。ちなみに野球のポジションはセンター。足が速くて、「小林のダチョウ」って呼ばれていました(笑)。

 

それぞれのルーツがあり、バンド結成から約2年が経った2025年8月、晴れてメジャーデビューを果たすこととなる。

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